今、そこにいる僕
ストーリーキャラクタースタッフビデオBBSRONDO ROBE


[ ログNo.1682〜No.1688 ]

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(No.1682) 天野 題名:スタッフの方々からのコメント 投稿日 : 2000年2月01日<火>23時10分
スタッフの方々もこのBBSを御覧になっていた様で。
受け手として好き勝手に書き込んでいた事を振り返ると赤面ものです。

http://ww3.tiki.ne.jp/~sioworks/amano/index.html
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(No.1683) toshi-yk 題名:トリプルミーニング(暗めの感想。楽しい人も悲しい人も御注意) 投稿日 : 2000年2月01日<火>23時40分
 前置き。暗めな人や暗めな言の葉を蔑む、嘲笑する時はさじ加減が必要です被害妄想。あと逆に暗闇を覗き過ぎても落ちるので御注意落としてやりたい。あとお約束ですが個人的感想です。

 前にも書いたけど、「異世界を舞台に、ハッピーエンド&お別れ」という話に自分が弱いらしい(らしい、というのはあまりそのタイプの話を知らないから)というのはあれ、やはり「今僕」エンディングは妙に残る。

 特に、シュウに感情移入した場合、その度合いは高まる。凹んでいたところに会って、とるものもとりあえず来て、酷い目に合って、酷いものをたくさん見て、友人未満あるいは剰余が幾人か死んで凹み加減増大、その都度少し押し返しつつ最後にたどり着いた「敵」は無能無力で、助けたかった相手は消え、一人で帰って来て夕日を眺める。現在しか生きていなかった子供が、自分の限界を知り、過去を懐かしむ視点を手に入れる物語と言えるかも。既に一話の現実時点で凹んでいて夕日を見てつい半泣きしてしまったところにその兆候はあったのだけど、それでも八話では夕日を過去の象徴としていとおしむララ・ルゥを「わかんねーよ」と拒否していた(十二話のナブカと少しダブる)のが、最後に「ここの夕日も綺麗だ」。

 人によっては同意しないだろうけど、あえて言えばサラは希望を手に入れてエンディングを迎えたように思える。それに比べてシュウは「取り返しがつかなくなったこと」の記憶を多く抱えてエンディングを迎えたように思える。ララ・ルゥの消滅がまずそうだけど、大勢の死のなかの幾人かの友人の死も。シュウに限らず、「今僕」には「取り返しがつかなくなったこと」(もしかしたらそうはならなかったかもしれないこと)が目立つ。シュウの視点からでは分からないがナブカとタブールの仲、どんどん壊れていったハムドもそう。

 そもそも未来世界はハムドがどうあれ終わりが見えてる世界で、それを常に現しているのが巨大な夕日だった。ララ・ルゥはそこにも絶望していたのが、絶望することについてはシスが言葉で、シュウとサラがそして最後にララ・ルゥ自身が行動で否定したのだから、見きれてしまう未来に絶望して過去しか見ていなかった大人が現在と未来を再発見する物語でもあるかも。でも終わりが近いことは変わらない。

 ラストシーンで小さい夕日が描かれたのは、「取り返しがつかなくなったこと」と「まだ時間は十分にある」、「終わりはある」と「けど気にしすぎないほうがいいよ」というダブルミーニング?さらにともあれ夕日は夕日で、消えた人と一緒に見たものと同じだ、というのも加えると・・・。

>スタッフの方々へ

 見ていただいていたとは。やたら批判的な感想や、他の方と悶着起こしたり、ろくな事しなかった感がありますが僕のことはともかく御苦労様でした。今回の書き込みがある意味一番ましなのですが暗いので申し訳なくもあり。
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(No.1684) にっし〜 題名:夕日である理由 投稿日 : 2000年2月02日<水>00時27分
「今僕」では夕日が重要なカギとなってますが、ララ・ルゥは何故夕日が好きなんでしょうか?そして何故夕日が重要なのか?7話か8話でその理由が語られてたような気もしますが、私なりに夕日である理由をいろいろ考えてみました。
(実はうちのWOWOW、かなり音がバリバリ言うのでララ・ルゥの声がほとんど聴き取れない・・・)

一、(一日の)終わり=滅び
 ララ・ルゥはたくさんの人々から求められ、たくさんの殺し合いを見てきました。
殺し合いが終わった後には、いつでも夕日が浮かんでいたんでしょうか?
どんな時でも夕日はララ・ルゥを見守っていてくれたのかもしれません。
そして、ヘリウッドの大きな夕日は、滅びの時が近いという感覚を引き起こします。

二、家に帰る
 夕日は下校、つまり「家に帰る」っていうイメージがあります。
最終回でシュウは夕日の街に帰りましたし、ララ・ルゥも夕日を見ながら地球へ(?)帰ってしまいました。ヘリウッドのあの夕日は、ナブカやブゥやスーン、
全ての子どもたちが、「お母さんのもと」へ帰って行ったということを暗示しているような気がしました。

>toshi-ykさん
 どこかの「今僕」のBBSで、製作スタッフの方がコメントを書いていらっしゃいました。その中で、「12話は放送前日に仕上がったから、途中の色とかが荒い個所もあります。ビデオ版では改善されます。」みたいなコメントがありました。
たぶん、パッと観では分からないような違いがあるのではないでしょうか?
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(No.1685) NASTY@赤面モノ 題名:スタッフの方々へ 投稿日 : 2000年2月02日<水>00時59分
バカレスばっかで済みません。m(__)m
管理者の方にも謝罪致します。

でも多分また書くよな、オイラ(爆)。
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(No.1686) 水城瑞穂 題名:素晴らしい。 投稿日 : 2000年2月02日<水>03時31分
 って、ありきたりな反応をしてる、自分は冷たい・・・。いや、4年ほど前に、似たような経験があるもので・・・(ニフティのりりか会議室だったよなぁ・・・そこにいた自分)。
 逆にいえば、公式ホームページでもあるからさぁ、見ないわけないじゃん、とも言える確率95%くらいの確信もあったわけですよ奥さん。(嬉しさの余り変な人格になっている・・・)
 ん、でもしかし、監督のコメントは?って、ないものねだりかぃ・・・。
 
 んで、ひとつ心配事。見られているからって、別に萎縮する必要はないと思います。それはそれ、匿名の強みだからさあ・・・
(匿名の「悪用」は厳禁だけど・・・それはそれで、そいつの心性がみれるもんだがね)
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(No.1687) toshi-yk 題名:正直の頭に神宿る(間違い。他にもっと嵌まる諺が・・・) 投稿日 : 2000年2月02日<水>07時47分
>にっしーさん

 御託宣どうもありがとうございます。なるほど、映像の仕上げの完成度アップですか。しかし前日ですか。綱わたってたんですねえ制作状況。受け手は気楽なり。

 ついでに、夕日ですが、僕は先の書き込みにも書いたように、最終話では未来へのつながりを示しているところも印象深いです。夕日に過去の想い出しか見なかったララ・ルゥが「いつか、また夕日見ようね」と「約束」をしているという。その後すぐ消えてしまいましたが、それで帳消しにはならないと、はーん。
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(No.1688) 佐藤@komaba 題名:意思の疎通は難しい 投稿日 : 2000年2月02日<水>19時39分
 >toshi-yk氏の「ちょっとした願望(1/30)」へのフォローです

>「異なる言語を使う人間間の意志疎通の試行錯誤の過程をまともに描くアニメ」
と氏は述べているのですが,私もそう言うのは見てみたいです。
 例えば,人間同士というわけではないですが,
もし本当に異星人がいるのであれば,どうなるのだろう?
というのはSFの一つのテーマでもあり,また私の願望でも
ありますが,「緑の少女」という小説では異星人とのコミュニケーション
をテーマにしているのにも関わらず,せいぜい地球の異部族を相手
にしている程度の違いしか見られずにすこしがっかりした記憶があります。
(別な言い方をすると,単に異なる文化同士のファーストコンタクトとし
てみればおもしろいかもしれません)
 あと,これは私の個人的願望です。私が山の調査にいっている時には
前にも述べたように60−70歳位のおばあさん達の茶飲み相手にな
って話をしていますが,これがもう,なかなかコミュニケーション
が,とれなくて難儀しています。異なる言語だと,言語的な能力
の問題がまず第一の難関として立ちふさがっているので,個々の
持つ世界の違いというよりは能力的な問題しか見えてこない。でも
同じ日本語を話しているときには,むしろ言語的な能力というよ
りは,個々の持つ世界観の違いが非常にはっきりとして見えてくる
のかもしれません。

 そんな事を考えていると,同じ言葉を話しているのにも関わらず
互いに全くと言っていいほど理解しあえない,という状況の作品も
見てみたいものだ,などと考えないではいられません。
・・って,あるじゃないですか。大地監督の
「妖精姫レーン」
これは私は当時見ていて,「これは同じ日本語を喋っていても
まったくコミュニケーションがとれない場合についての思弁
的な試みでは無かろうか?」などときばっていたものです。

 あと,最近みてびっくりしたのは,「マクロス7ダイナマイト]
(OVA)で,これがもう,全くと言っていいほど互いに
コミュニケーションがとれないんでやんの。バサラは
まぁいつものように人の話をきいてないだけなのです
が,それ以外の人間も何かを喋っても聞いていない,
すぐに聞き間違える,忘れる,などで 事が,なかなか
進まなく,見ていて「あーじれってぇ」とか画面の前で
イライラしていました。
 

 
Mozilla/4.7 (Macintosh; I; PPC)
[ ログNo.1682〜No.1688 ]

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